【完全解説】日本酒造りに欠かせない「麹米」と「掛米」の違い|特徴から使い分けまで
日本酒造りで耳にする「麹米」と「掛米」の違いをご存知ですか?実はこの2つ、同じ酒造好適米でも用途が全く異なります。本記事では、日本酒初心者からマニアまで役立つ、麹米と掛米の基本知識から醸造現場での実際の使い分けまでを詳しく解説します。
1. そもそも「麹米」と「掛米」とは?
日本酒造りで使われる米は、用途によって「麹米」「酒母米」「掛米」の3つに分類されます。この中で特に重要なのが麹米と掛米です。
割合としては、麹米と酒母米を合わせて約30%、掛米が約70%という配分が一般的です1。蔵元によっては、麹米には高級な酒造好適米を使い、掛米にはより手頃な米を使用する場合もあります。
酒造りに適した「酒造好適米」と呼ばれる種類(山田錦、五百万石、雄町など)が使われることが多いですが、必ずしも酒造好適米でなければいけないわけではありません1。
2. 麹米が日本酒造りの要と言われる理由
日本酒造りで古くから伝わる「一麹、二酛、三造り」という格言は、麹の重要性を端的に表しています。この順番通り、麹造りが最も重要で、次に酒母(酛)造り、最後に本仕込み(造り)が来るという意味です。
麹米が果たす3つの重要な役割
- 糖化の主役
麹米に繁殖した麹菌が生成する酵素(α-アミラーゼやグルコアミラーゼ)が、デンプンを糖に分解します。この糖化作用がなければ、酵母がアルコール発酵を行うことができません。 - 香味の形成
麹は日本酒の香味成分の元となるアミノ酸を生成します。特にグルタミン酸やアスパラギン酸などのうま味成分は、日本酒の深みと複雑さを生み出します。 - 発酵の促進
良質な麹は酵母の働きを助け、スムーズな発酵を促します。このため、麹の出来栄えが日本酒の品質を大きく左右するのです。
蔵元によっては、麹米には最高級の酒造好適米(山田錦など)を使用し、掛米にはややランクの低い米を使う場合もあります。それほどまでに、麹米の品質が日本酒の味を決定づける重要な要素となっているのです。
「麹造りが日本酒造りの8割を決める」と言われる所以はここにあります。
3. 掛米が原料米の7割を占めるワケ
掛米が大量に使用される主な理由は、日本酒造りの「三段仕込み」という独特の醸造方法にあります。この工程では、以下のような流れで掛米が活用されます。
- アルコール生成の主原料として
- 掛米のデンプンが麹の酵素によって糖化され、その糖分が酵母によってアルコールに変わります
- 原料米の約70%を占めることで、十分なアルコール分を生成可能に
- 酒質への影響ポイント
- ボディ感の形成:多いほど濃醇な味わいに
- アルコール度数の調整:使用量で調整可能
- コスト管理:麹米と比べて比較的安価な米を使用可能
- 使用比率のバリエーション
- 普通酒:約70-75%
- 吟醸酒:約65-70%
- 大吟醸:約60%前後
「掛米は日本酒のボディを作る骨格のようなもの」と表現する蔵元もいます。麹米で生み出された酵素の働きを受けることで、掛米のデンプンがゆっくりと糖化され、バランスの良い発酵が進むのです。
4. 酒造好適米の条件|麹米と掛米で選び方が違う?
酒造好適米は全ての工程に使えますが、麹米と掛米では重視されるポイントが異なります。
麹米に求められる特性
- 心白が大きく均一(麹菌が均等に繁殖しやすい)
- タンパク質含有率が低い(雑味が少ない)
- 精米時に割れにくい(高精米向き)
- 米粒が大きい(作業性が良い)
掛米に求められる特性
- デンプン含有量が多い(アルコール生成効率が高い)
- 適度な硬さ(醪の中で溶け過ぎない)
- 比較的安価(大量に使用するため)
- 栽培が容易(安定供給可能)
例えば山田錦は心白が大きく高精米に適しているため主に麹米に、五百万石は淡麗な味わいを生む特性から掛米に向いています13。蔵元によっては、麹米には最高級の山田錦を使い、掛米にはコストパフォーマンスの良い五百万石を使用するケースも見られます1。
「麹米は品質、掛米はコストと効率を重視する傾向がある」と蔵元は語ります。この違いを理解することで、日本酒のラベル表示から造り手のこだわりが読み解けるようになります3。
5. 代表的な酒造好適米の種類
1. 山田錦(やまだにしき)
- 特徴:大粒で心白が大きく、高精米に向く「酒米の王様」
- 適性:主に麹米向き(精米歩合40%以下でも割れにくい)
- 味わい:華やかな香りとふくよかな味わい
2. 五百万石(ごひゃくまんごく)
- 特徴:新潟生まれで粒が小さく、キレのある味わい
- 適性:掛米向き(精米歩合60%前後が最適)
- 味わい:淡麗でスッキリとした飲み口
3. 雄町(おまち)
- 特徴:球状の心白を持つ、すべての酒米のルーツ
- 適性:麹米・掛米両用(特に長期熟成酒向き)
- 味わい:濃厚で深みのある味わい
4. 美山錦(みやまにしき)
- 特徴:長野県産、繊細な香りが特徴
- 適性:掛米向き(精米歩合55-65%)
- 味わい:軽やかで爽やかな飲み口
5. 愛山(あいやま)
- 特徴:兵庫県産、甘みとコクが強い
- 適性:麹米向き(高精米でも風味が残る)
- 味わい:濃厚で甘みのある味わい
蔵元によっては、山田錦を麹米に、五百万石を掛米に使うなど、品種の特性を活かした組み合わせが行われています。例えば獺祭は山田錦100%を使用し、超高精米の大吟醸を造ることで有名です1。また、五百万石は新潟の淡麗辛口酒に多く使われ、全国的に人気があります46。
「品種によって麹米・掛米の使い分けが変わるので、同じ品種でも醸造方法で味わいが大きく変わる」と蔵元は語ります5。この違いを知ることで、日本酒選びがより楽しくなりますよ。
6. 麹米の具体的な使い方|製麹工程の流れ
1. 準備段階(~約6時間)
- 蒸し上がった麹米を35℃前後に冷ます
- 麹菌の胞子(種麹)をまんべんなく振りかける
- 「床もみ」で米の温度を均一に調整
2. 麹菌繁殖期(約20時間)
- 麹室(こうじむろ)で40時間以上の作業開始
- 温度管理が重要(28-32℃をキープ)
- 定期的に「切り返し」で温度を均一化
- 麹菌が繁殖し、白いふわふわの菌糸が確認できる
3. 仕上げ期(約20-24時間)
- 米を小分けにして「盛り」を行う
- 温度を35-40℃に上昇させ酵素を活性化
- 完成直前の「仲仕事」で最後の調整
職人のポイント
- 温度管理は「手のひらで感じる」のが基本
- 麹の香り(栗のような甘い香り)で状態判断
- 完成した麹は「手で握るとほどける」状態が理想
「製麹は生き物と向き合うような作業」と蔵人は語ります。例えば、大吟醸用の高精米米は特にデリケートで、温度管理が難しいと言われています。逆に普通酒用の麹は比較的扱いやすいそうです。
この工程を経て、麹米はデンプンを糖に変える力を持った「生きている麹」へと変化します。
7. 掛米の仕込み方|三段仕込みの基本
日本酒造りで欠かせない三段仕込みは、掛米を3段階に分けて仕込む方法で、以下のような流れで行われます。
1. 初添(はつぞえ)
- 仕込み全体の20%程度の掛米を使用
- 酒母(酛)と麹、掛米を混ぜ合わせる
- 酵母をゆっくりと増殖させる
- 温度管理が特に重要(10℃前後でゆっくり発酵)
2. 仲添(なかぞえ)
- 2日後に全体の30%の掛米を追加
- 醪(もろみ)の量を一気に増やす
- 泡が盛り上がる「泡立ち」の様子を見ながら調整
- 発酵が活発化し、アルコール生成が進む
3. 留添(とめぞえ)
- さらに2日後、残りの50%の掛米を投入
- これで仕込みは完了
- バランスの取れた発酵を促す
- 約2-3週間かけてゆっくり発酵させる
「三段仕込みは、掛米のデンプンを効率よく糖化・発酵させるための工夫」と蔵人は説明します。例えば、一気に大量の掛米を仕込むと、麹の酵素が追いつかず、発酵がうまく進まないことがあります。三段階に分けることで、常に最適なバランスを保ちながら発酵を進めることができるのです。
この工程を経て、掛米のデンプンは麹の酵素によって糖に変わり、さらに酵母によってアルコールへと変化していきます。
8. 麹米と掛米の精米歩合の違い
1. 精米歩合の基本
精米歩合とは「玄米を削った後の割合」を指します。60%なら玄米の外側40%を削った状態です。実は麹米と掛米で、この数値の重要性が異なります。
2. 酒種別の精米歩合(法律上の規定)
- 大吟醸酒:麹米50%以下(掛米は規定なし)
- 吟醸酒:麹米60%以下
- 本醸造酒:麹米70%以下
- 普通酒:規定なし
3. 麹米の精米歩合が重視される理由
- 麹菌が繁殖する心白部分を残すため
- タンパク質や脂質が多い外側を除去(雑味減少)
- 高精米ほど繊細な香りが生まれる
4. 掛米の精米歩合の実情
- 大吟醸でも掛米は60-70%が一般的
- 本醸造酒では掛米の精米歩合を公開しない蔵元も
- 経済的合理性から麹米より高めに設定
「麹米の精米歩合が日本酒の格付けを決める鍵」と蔵人は語ります。例えば、ある酒蔵では麹米は35%まで削る大吟醸用に対し、掛米は65%程度にとどめるケースもあります。これは高精米の麹米で良質な酵素を作りつつ、掛米のコストを抑えるためです。
9. コスト面から見た使い分け
1. 高級酒造好適米の効率的活用
- 山田錦(1kgあたり3,000円以上):主に麹米に使用(全体の20-30%)
- 五百万石(1kgあたり1,500円程度):掛米の主力として使用(全体の70-80%)
- 一般米(食用米):普通酒の掛米に使用可能(1kgあたり500円以下)
2. 蔵元の実際の使い分け事例
- 高級吟醸酒:麹米に山田錦(精米歩合40%)、掛米に五百万石
- 普通酒:麹米に五百万石、掛米にコシヒカリなどの食用米
- 地酒メーカー:地元産の酒造好適米を麹米に、周辺県産米を掛米に
3. コストメリットの試算
- 大吟醸1本(720ml)あたり:
- 山田錦100%使用:原料米コスト約1,500円
- 山田錦(麹米)+五百万石(掛米):約900円(40%削減)
「高価な酒造好適米は麹米に集中させることで、品質を保ちつつコストを最適化できる」と蔵人は語ります。例えば、ある酒蔵では大吟醸用に仕込む際、麹米には兵庫県産の特A地区山田錦を使い、掛米には新潟産五百万石を使用することで、品質とコストのバランスを取っているそうです。
このような使い分けは、酒造りにかかる総コストの約30-40%を占める原料米費用を最適化するための知恵です。最終項では、この知識を活かした日本酒の楽しみ方についてご紹介します。
10. 麹米/掛米の違いがわかると日本酒がもっと美味しくなる
1. ラベル表示の深読みができるようになる
- 麹米の品種や精米歩合に注目して選ぶ
- 「山田錦100%」と「山田錦使用」の違いを理解
- 掛米にこだわる蔵元のこだわりを発見
2. テイスティングの新しい視点
- 麹米由来の香り(吟醸香など)を意識して嗅ぐ
- 掛米が作るボディやコクを舌で感じる
- 同じ蔵元でも麹米/掛米の組み合わせで味わいが変化
3. 蔵元ごとのこだわりを理解
- 麹米に特別な米を使う蔵元の意図を考える
- 掛米までこだわる蔵元の情熱に触れる
- 地元産米にこだわる地域密着型の酒造り
「ラベルの表示一つから、造り手の思いや技術が読み取れるようになります」と日本酒ソムリエは語ります。例えば、麹米に山田錦を100%使用した大吟醸と、掛米まで山田錦を使った特別大吟醸を飲み比べると、その違いがよくわかるでしょう。
この知識があれば、日本酒店での会話もより豊かになります。ぜひ「このお酒の麹米は何を使っていますか?」「掛米にはどんなこだわりがありますか?」と尋ねてみてください。きっと新しい発見があるはずです。
最初は難しく感じるかもしれませんが、少しずつ知識を深めていくことで、日本酒の奥深い世界がさらに広がっていきますよ。
まとめ
1. 日本酒造りの基本構造を理解する
- 麹米:全体の20-30%を占め、麹菌で糖化酵素を生成(酒の香りと味の要)
- 掛米:全体の70%程度で、アルコール生成の主原料(酒のボディを作る)
2. ラベル表示の深読みが可能に
- 「山田錦使用」と記載があっても、麹米だけの場合がある(50%以上使用で表示可能)
- 100%使用の表記がある場合は全工程で同一品種を使用
- 精米歩合の数字は主に麹米の数値(大吟醸は50%以下など)
3. テイスティングの新しい視点
- 麹米由来:華やかな香り、複雑な味わい
- 掛米由来:アルコール感、ボディやコク
- 同じ蔵元でも米の使い分けで個性が変わる
「日本酒のラベルは蔵元からのメッセージ」とソムリエは語ります。例えば「山田錦100%」とあれば全工程で最高級米を使用したこだわり、「五百万石使用」なら淡麗な味わいを期待できます。逆に特定の米を記載していない場合は、麹米と掛米で異なる品種を使っている可能性が12。
この知識があれば、酒蔵見学や日本酒店での会話もより豊かになります。ぜひ「このお酒の麹米は何を使っていますか?」「掛米にはどんな特徴がありますか?」と尋ねてみてください。日本酒の奥深い世界がさらに広がっていくはずです57。