関原酒造 新潟県長岡市

関原酒造の概要

関原酒造株式会社は、新潟県長岡市の酒蔵です。

代表的な銘柄は『群亀ぐんき』です。

関原酒造の歴史

関原酒造のはじまり

関原酒造の誕生は、享保元年(1716年)にまでさかのぼる。
佐渡の金を江戸へと運んだ北国街道、参勤交代の通路であった三国街道を結んだ長岡街道。三国街道の長岡に端を発し、妙法寺峠を越えて北国街道の出雲崎に至るこの街道は、積雪地帯にあっては比較的雪が少なかったこともあり江戸時代には、多くの人馬が往来した。
そして、江戸時代中期。街道筋に居を構える常陸国小山の庄屋が、姓は「小山」、屋号は「常陸屋」を名乗り年貢米を用いて酒造りを始めたのが関原酒造のはじまりと伝えられている。
江戸時代に酒家(酒造)を記録した『越后酒造家一覧』(慶応3年(1867年)、池田屋七助・釜屋九右衛門・中嶋屋清蔵序文)には、「下除、常陸屋勝次郎」の記述があり、「下除(しものぞき)」とは、関原酒造が現在まで蔵を構える地域の古称である。
関原酒造は、創業以来変わらずこの地で、ひと冬も休むことなく酒造りを続けている。

「群亀」の誕生

創業からほどなくして、現在まで受け継がれる伝統銘柄「群亀(ぐんき)」が誕生。
銘に込められた想い。それは「鶴は千年、亀は万年」のことわざにあるように長寿の象徴である亀。その「亀」が「群」れになれば、数万年を意味するということで、この酒を飲み、健やかに長生きしてほしいと願い、この銘がつけられた。
そして関原酒造を代表する銘柄となり、その命銘にふさわしく長い間人々に愛されることとなった。

時代は移り明治の中頃、常陸屋は「群亀」に加え「越之老松」など複数の銘柄をつくる酒造となっていた。常陸屋小山家の一人娘であったイシは、婿を取らず関原から程近い六軒原の外川慎之助に嫁ぐことに。江戸時代から明治時代まで続いた常陸屋の酒造りは、これを機に小山家から外川家へと引き継がれたと伝えられている。

北海道・中国大陸への進出

大正期には順調に業容を拡大し、中国新聞社による「大正7酒造年度全国醸造家相撲番付」には、製造石数2,552石で西の前頭として登場する。
大正末期には北海道に進出し、釧路市住吉町に敷島酒造合名会社を設立。その後、昭和27年に敷島酒造合名会社は当時の支配人に売却し、同社は当時の銘柄「福司」を社名に掲げ、福司酒造株式会社として現在も酒造りを続けている。
昭和15年には、中国大陸にも進出。蘇州城外湖田上路頭堂西街11号に関原醸造公司を設立し、清酒の製造販売を開始。しかし、敗戦とともに閉鎖せざるをえなくなり、命からがら引上げ船に乗り日本へと戻る。日本へ戻る直前に地下へ財宝を隠匿したという当時の逸話が残ることからも、非常に慌てて現地の酒蔵を閉鎖した様子がうかがえる。

戦時下も休まず続けた酒造り

昭和10年12月10日、個人経営だった外川酒造店から改組し、関原酒造株式会社を資本金2,500千円にて設立。
会社組織となり、江戸時代からの伝統を受け継ぎつつ、さらなる良酒醸造に取り組む。
しかし時代は日中戦争から第二次世界大戦へと向かい、企業整備の名のもとに酒造メーカーの休業が相次いだ。
関原酒造においても軍需工場に指定され、「高梁(こうりゃん)」という植物を原材料に、航空燃料用アルコールの製造を命じられていた。
そんな時代にあっても関原酒造の杜氏は白米を使い酒造りを続け、ついには、ひと冬も休むことなく生産し続けたという。それを示すものとして、戦時下の昭和18年の基本石高が1,505石(一升瓶約15万本分)だったとする記録(昭和18年10月31日新潟県酒造組合聯合会)も残っている。

「美酒入魂」の証

戦後の混乱のなかでも、関原酒造の杜氏たちは真摯に酒造りを続ける。
そして戦後間もない昭和30年代に制作した「群亀」のポスターに、
「時代は変わった、ただ・・・杜氏の魂は変わっていない。何代も何代も酒造りに魂を注いできた、これこそ群亀です。」
と記し、人々に酒造りの想いを伝えた。
こうしたいつの時代も「美酒入魂」の信念で酒造りに励んできた証は、沿革に記載した主な受賞歴の他に関東信越局において多数の優秀賞受賞歴があることからもみてとれる。

幾多の名杜氏の技を受け継いで

関原酒造が創業時より連綿と良酒醸出に励んできた道のりには、酒造りの司、杜氏の存在抜きに語ることはできない。
昭和5年から昭和34年まで杜氏を務めた田中氏は、酒にふわりとした甘口が得られる「うるち四段」という四段掛けの技術を開発した名杜氏だった。
昭和35、36年の2年間を水沢氏が、昭和37年から平成12年まで丸山氏が杜氏を務める。受賞歴のほとんどは丸山杜氏の手腕の証であり、希代の名杜氏が関原酒造の酒造りを担う。
そして平成13年から現在まで、機多の名杜氏の技を現代の技術で受け継ぐ松原正人が関原酒造杜氏として製造全般を司っている。
平成14年には全国に先駆け、日本酒ベースのフルーツリキュールを開発、販売を開始。また「特別純米酒 越後長岡藩」もこの頃から販売を始め、今では「群亀」と並ぶ看板銘柄へと成長。
関原酒造はこれからも美味しい酒を届けるべく、昔と変わることなく良酒醸出に心血を注ぎ続けている。

関原酒造のアクセスと駐車場

関越自動車道・長岡ICより車で5分
JR長岡駅より車で20分
JR長岡駅大手口6番線バス乗車 関原2丁目下車、徒歩30秒

【駐車場】
あり

関原酒造の住所と電話番号

関原酒造株式会社

〒940-2035
新潟県長岡市関原町一丁目1029番地1

TEL:0258-46-2010
FAX:0258-46-6519

関原酒造の見学

酒蔵見学は実施しておりません。

関原酒造のホームページ

関原酒造の通販・オンラインショップ

直販店はありません。

Posted by 新潟の地酒